
2009年の政権交代時に
私が予言したとおり、民主党は3人目の首相を選出した。これで来年首相が変わったら4人目となり私の予言が成就する。成就したからといってどうなるわけではないが、なんか嬉しいじゃないの。もっとも誰が首相になるかは当たらなかった。政権交代時には野田なんて知らなかったから仕方ないだろう。前原がなったら当たっていたんだけどな。
首相交代を受けてテレビは野田一色だった。ちょうど私は帰省していてテレビを見ること以外にすることがなかったが、どの局も一様に野田の人となりを紹介してばかりなのでうんざりしてしまった。どうでもいいじゃないの。ドジョウだろうとウナギだろうと。
ここ数日間の民主党の代表選挙を見ていて思うことは、
「やはり日本人のリーダー選びは人物本位なのだ」ということ。マスコミは一応「政策論争をしてほしい」などと言ってみるが、誰もそんなことに関心はない。だいたい日本人自体が政策論争なんてしないのに、代表候補が政策論争しても誰も関心を持たないだろう。そんなことに日本人は関心がないのだ。関心があるのは、「どんな人か」ということだ。もっと言えば「どんな人柄かjということだ。
日本人が望むリーダーは「国民のことを第一に考え、真撃に誠実に行動する人」だ。それが傍から見ていてハッキリ分かる人でなければならない。こうした立派な人であれば我々の運命を託してもいいと思えるのだ。そのことはテレビで流される街の声やコメンテーターもハッキリそう言っているではないか。日本人には「立派な人格を持っていれば、自ずと立派な政策をするはずだ」という思い込みがある。決して「志は立派だけど、政策は失敗するかもしれない」という考えはない。思いもしない。そんなことがあるはずがない。立派な政策は立派な人格に宿るのだ。なので、みんな野田がどんな政策を持っているか大して関心がない。良い人そうなのでよくやってくれるだろうくらいしか思つてないのだ。
こうした土壌から民主主義は発展しない。民主主義はみんなが自分の意見に近い人を代表として選ぶ制度だ。自分の意見を持たず、立派な人が上手にやってほしいとしか思っていない日本人に民主主義が根付くはずがないのだ。
一応新しい首相が誕生してみんな期待しているが、多分期待外れになるだろう。この困難な時代に良い人が力を発揮できるわけがない。必要なのは国民に嫌われても必要なことを実行する人だ。みんなのことを考えて気配りをする良い人ではない。傷つく人が沢山出てもやらなければならないことを実行する冷徹な人なのだ。
posted by Yuji at 18:15| 福岡

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夕陽
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